2020/01/24 03:36

思えば10年近く前、

恐らく20代半ば頃から。

それと私の関係は始まった。

当時の私はそれが何者なのか、なぜやってくるのか、全くわからなかった。

そんな事を考えられる状況でもなかった。


ただ突然やってきて自分を飲み込もうとする、

地獄にでも引きずり込もうとする、

黒くて、意識全体に広がる程に大きくて、おどろおどろしい何か、

私を殺しにくる死神のような何かだと思っていた。

それに襲われるとえもいわれぬ恐怖感に満ちて

呼吸も出来ず苦しくて涙が溢れる。

意識の中で、地鳴りのようなとてつもなく恐ろしい声で「死ね」「死ね」何度もそう言われていた。


自分は大切な人を不幸にしながら生きている

罰を与えられている

だからそんな恐ろしいものが私を迎えに来て連れていこうとしている。

これは自分が不幸にした大切な人たちの苦しみの権化なんじゃないか。

それが襲ってくる度にそんな事を漠然とぐるぐると考えていた。

その声に従ってしまえば楽なのかとも何度も考えたけれど、精神と体がどんなにボロボロだろうと

生きなければならない理由が私にはあった。

だからその度に、ぐしゃぐしゃに涙を流しながら、

凍てつく夜の道を全力で走って、必死に抗い、それを振り切った。


数年が経ち、全く違う環境で暮らすようになり、

その恐ろしいものが襲ってくる事ももうなくなるんじゃないかと朧げに期待を抱いていた。


だけど全くそうじゃなかった。


一年経っても、二年経っても、

それはやってくる。

だけど少しずつ姿を変えている。

昔のように襲ってきて何かに引きずり込もうとしているのではなく、

苦しんでいて、ここから出せとまるで暴れているようだ。

だけどその恐ろしさは変わらなくて、私はずっと苦しめられた。


環境が変わればそれに苦しめられる事も無くなると思っていたのにいつまでも姿を現す。

という事はその正体不明の恐ろしい何かとこれからも、もしかしたら一生付き合っていかなければならないのかーー

その事に気付いた時の絶望感たるや、

とてつもなかった。

自分は自分の力で正常な人間に戻れる、

そう信じていたのに、叶わない。

この先ずっとこいつに苦しめられながら生きていくのかーー


だけどしばらくして、当時既にポジティブな思考を取り戻していた私は考えた。


だったらうまく付き合っていこう。

向き合って、受け入れよう。


そう決めてから、

それがやってきたら今まではなされるがままに苦しむことしか出来なかったけど

できる限りの対処を試みた。

「大丈夫。」何度も自分に言い聞かせて、胸に手を当てて、深呼吸をする。

そうすると、自分も「それ」も不思議と落ち着いていった。


「大丈夫。」まるで魔法みたいなこの言葉。

初めは自分に言い聞かせてたつもりが、

いつの間にか私は直接「それ」に語りかけるように言っていた。

「大丈夫だよ、落ち着いて。」

その事に気づくのとどちらが先だったかは定かでは無いけど、

私は漠然と「それ」の正体がわかっていた。



もう1人の自分。

あの時に殺した自分。


全てを受け止めたら自分は粉々に壊れてしまうのがわかっていた。


だから私は、「自分は死んだ。今生きているのは偽物の自分で、心なんかない。」そう言い聞かせて、

肉体と思考だけで生きていた。

そうしないと、生きられなかった。


だけど、殺したはずの自分は死んだ訳ではなかった。

命を保つ為に、感情を持つ自分を切り分けて真暗な牢屋に閉じ込めていただけだったのだ。

出てこないように、目を覚まさないように。



封じ込められた彼女と、

表の世界で全てを受け止めて来た自分。

一度切り離された二人は

きっともう、一つに戻る事は出来ないけど、

どちらかが消える事も永遠にない。

だから私は彼女と向き合って、

彼女を抱えて生きていく。



それにね、

もう一つ私は気付いたんだ。

本当は、当時の私が今の「彼女」で

今の私が当時の「それ」かもしれないからね。